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大相撲と古代東洋思想


日本の国技である大相撲は、古代東洋思想と深いかかわりがあり、大相撲の世界には古代東洋思想に由来する事象が随所に取り入れられています。

相撲の由来・起源等に関してはwiki先生等、詳しいサイトがたくさんありますので、そちらをご参照いただきたいのですが、その起源は古墳時代の埴輪や須恵器にその描写がなされていることから、古墳時代とされているようです。日本書紀などにはさらに古い年代も記されているようですが、これらについては神話・伝説と考えたほうが良いでしょう。

相撲は神道に基づいた「神事」とされます。しかし、相撲と神道とのかかわりについて考察すると、神道と古代東洋思想とのかかわりなど、それこそ一大研究テーマとなってしまいそうなので、その委細については割愛し、ここでは、現在の私たちがテレビなどを通じて視聴できる範囲における「古代東洋思想」との関わりについて、いくつか例をあげてみたいと思います。

四房(しぶさ)
吊り屋根の四隅には青・赤・白・黒の四色の房が飾られています。この房はそれぞれ北東(青)・南東(赤)・南西(白)・北西(黒)に配されています。吊り屋根ができる以前においては、四隅には四本の柱が立てられており、その柱に四色の布が巻かれていたそうです。



大相撲協会公式サイトによれば、「四房は四季と四神獣をあらわしており、五穀豊穣を祈念している」とされていますが、この四季・四神獣は、方位としての中央および黄龍が除かれていますが、五行思想に由来するものです。

四房 方位 季節 四神獣
青房 北東 青龍(せいりゅう)
赤房 南東 朱雀(すざく)
白房 南西 白虎(びゃっこ)
黒房 北西 玄武(げんぶ)

ただし、五行思想における五獣(相撲協会のいう四神獣)である「青龍・朱雀・白虎・玄武」は”四正”すなわち「正東・正南・正西・正北」に配されるため、上画像における紫色の幕(水引幕 - みずひきまく)の中央を絞り上げている小さな房(揚巻 - あげまき)の方位に配されるということになります。揚巻の色と方位は五行思想に一致します。


白星と黒星
これは相撲に限った表現ではありませんが、勝ちを「白星」、負けを「黒星」と表現します。この白星、黒星の概念は陰陽思想に由来しています。陰陽思想では”白”を陽とし、”黒”を陰と考えます。
勝者は意気揚々とし、気分が明るくなるため、勝ちが「陽=白」、敗者は意気消沈し、気分が暗くなってしまうので、負けが「陰=黒」というわけです。


はっけよい、のこった!
これに関しては、諸説が入り乱れているようですが、なんとしても『八卦よい』を採用したくないようです。現在の相撲協会のサイトでは「発気揚揚」がつまったものとしています。さらにホームページ内では”はっけよい”を”はっきよい”と明記しているほどです。明らかに意図的な何かを感じます。相撲が日本国技だからということなのでしょうか。
相撲協会の説明が誤りだなどというつもりはまったくありませんが、おそらく「八卦よい」という本来の意味に、「発気揚揚」の意味が重ねあわされたのであろうと思われます。

私たちのおじいちゃんやおばあちゃんの時代、さらにもっと以前からずっと「はっけよい」と伝えられてきたのですから、立行司の掛け声はやはり「はっけよい」なのだと思います。
”八卦が良い”とは、すなわち、”天地自然の理に即し、森羅万象すべてが調っている”という意味です。相撲は神事ですから、神事が執り行われるにあたっては、天地自然の理に即している状態にあることが非常に重要であったわけです。

八卦というと『当たるも八卦、当たらぬも八卦』などと、日本においては比較的軽い言葉としてイメージされることが多いですが、お隣の大韓民国においては、その国旗に八卦の卦象が表記されているほど、大陸文化あるいは大陸文化の影響を色濃く受ける日本の文化と深いかかわりのある思想哲理です。



参考・・・は乾(けん)、は坤(こん)、は離(り)、は坎(かん)を表す。

易の思想は周代においてすでに盛んであったと解されていますので、今からおよそ2500〜3000年前において、すでに完成していた思想哲理です。相撲の歴史から考えても、易の思想が取り入れられていることは決して不思議ではありませんし、むしろ取り入れられていたと考えたほうが自然でしょう。陰陽思想は五行思想よりも古くから成立していた思想哲理ですので、これを否定するということは、いずれは四神獣や四色も否定することになるのかもしれません。もっとも、四神と言っている時点ですでにささやかな抵抗をしているのかもしれませんね。(四神に関し、実際のところは道教的思想の影響かと思われます。)

四房をもって五穀豊穣を願うとする、この「五穀」も、必ずしも常に一定した穀物を指しているというわけではなく、五穀という表現をもって穀物全般を総称する概念として古くから用いられています。これも五行思想に由来する考え方なのです。

思想なくして文化など成り立ちません。古代東洋に由来する思想をひたすらに隠蔽し、偏向した国粋主義によってその由緒を歪めようとするような姿勢では、その歴史に幕が降りる日もそう遠くはないのかもしれません。