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鬼の姿と節分の豆まき2


前ページでは『鬼』の概念やその姿について言及しましたが、このページでは『節分の豆まき』について、触れてみたいと思います。


節分
はじめに「節分」についてですが、「節分」とは”季節の分かれ目”を意味する言葉です。古代東洋においては、「立春・立夏・立秋・立冬」のいわゆる”四立”を季節の分かれ目と考えていましたので、もともとは1年に4つの節分があったということになります。

現在のように節分が1年のうちに1つとされるようになったのは、おおよそ室町時代以降といわれています。そして、これを立春の前日としたのは、現在においても年賀はがきなどで「迎春」や「新春の喜びを〜」などと書く風習があるように、1年の始まりを春、すなわち「立春」と考え、この節分を他の節分よりも重視したことに由来しているものと思われます。


追儺(ついな)
古代東洋における弓矢で鬼を払う風習(追儺)は、奈良〜平安時代にかけて、日本においても行われるようになりました。この弓矢には「桃」の木で作ったものが使われていたそうです。「桃」は「仙木・仙果」などといわれ、古代東洋において、邪気を払う植物とされていました。

ただし、この追儺は、当初、大晦日(旧暦)に行われていました。大晦日とは年の変わり目でもありますが、12月と1月の変わり目でもあります。12月は十二支における「丑月」、1月は同じく「寅月」であるといえば、前ページをお読みいただいた方はすぐに『鬼門!』という言葉を思い浮かべていただけるのではないかと思います。方位ばかりでなく月にも鬼門があるというわけです。

この追儺の儀式の中に『豆打ち』という儀式があったと考えられています。ただし、この豆打ちが当初、追儺の儀式として行われていたのか、それとは別に節分に行われた儀式であったのかについては諸説があるようです。

いずれにせよ、この両者が習合し、室町時代には節分において行われる追儺の儀式の中において豆打ちも行われていたようです。
しかしながら、旧暦の大晦日は鬼門だから鬼払いの儀式が行われるのは理解できるとして、この「節分」に鬼払いの儀式を行うことで鬼が払われるのでしょうか?

実は、これは「節月」の概念による鬼門なのです。節月とは二十四節気における節気(立春・啓蟄・清明・・・)をもとにした12ヶ月区分です。
この節月区分による12ヶ月における1年の始まりが、前記したとおり「立春」ということになります。立春からはじまる月が正月(1月=寅月)ということですから、その前の月は12月=丑月であり、立春の前日、すなわち『節分』が旧暦における大晦日同様、節月区分における鬼門となるわけです。


なぜ豆で鬼払い?
なぜ豆打ちで鬼払いになるのか?についてですが、豆は”まめ”であり、悪魔を滅するという”魔滅”に通ずるから、などと言われています。
ちなみにこの豆は「炒った豆」であることが肝要でした。邪気払いとして豆打ちをおこない、邪気を負いつつ周囲に飛散した豆が、そこで芽を出してしまっては、縁起が悪いという事になりかねません。そこで、芽が出ることのないよう、”炒った豆”が豆打ちに用いられるということになります。さらにいうと「炒る」は「射る」に通じ、追儺の弓矢との関連も確保されているというわけです。

豆のまき方や豆まきに用いる豆の種類なども地域の風習により様々なようです。興味のある方は、これらの点について調べてみても面白いかもしれません。いろいろと調べていくうちに、新たな真実が発見できるかもしれません。