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三才


『三才』という概念を、端的に表現することは非常に困難を伴いますが、誤解を恐れずにあえて表現すると、三才とは、「宇宙に存在する一切の事物・現象、すなわち森羅万象の根底に存在する普遍的哲理」のようなものということができるのではないかと思います。

この普遍的哲理、すなわち三才の調和によって、森羅万象の調和が生み出されると解することができるのではないでしょうか。
古代東洋において、三才はしばしば『天・地・人』という言葉に象徴されます。


陰陽思想において、陽は天をあらわし、陰は地をあらわします。これらは互いに相対して存在しつつも、陰中に陽が生じ、陽中に陰が生じ、これらが変化・循環することによって、万物が消長盛衰し、大きな調和に至ると考えます。この「陰中の陽あるいは陽中の陰」が人であるということができます。


五行思想においても三才観をみることができます。五行の相生をあるいは天とし、五行の相剋をあるいは地とし、しかし、この両者の関係が共に存在すること(人)をもって、初めてこれら五つの気が相互に消長盛衰し、これによる森羅万象の変化・循環が大自然の調和を生み出すと考えることができます。
一方で、ある特定の二つの事象に関し、両者の関係が「相生」関係にあり、あるいは「相剋」関係にあるというだけでは、両者の関係性をすべて理解することはできません。両者がともに同気である関係、すなわち「比和」がその概念として存在することにって、二つの事象における関係性を理解し、推察することができるということになります。


易に関し、『易経』繋辞下伝に、「易の書たるや、広大悉(ことごと)く備わる。天道あり。人道あり。地道あり。三材を兼ねてこれを両(ふたつ)にす。故に六なり。六とは它(た)にあらざるなり。三材の道なり。」とあります。

易という書は広大で、ありとあらゆる道理がことごとく備わっている。天の道あり。人の道あり。地の道あり。これら三材(三才)を兼ね合わせることにより、(「陰と陽」「仁と義」「柔と剛」という)二つの徳がそこに含まれるのである。したがって、六爻により卦は構成されるのである。六という数字は他でもない。三才の道なのである。

上記のように易卦が六爻により構成される所以が三才観によって説かれています。すなわち、三才観の中において陰陽を考えているというわけです。また、六という爻数とて三才の道なのであると説いているわけですから、八卦が三爻により構成される所以も、おのずから「天・地・人」の三才観にもとづくものであると解することができます。


真気九星学においても、この三才観を、その哲理の根幹に有しています。「十干」を天の気とし、「十二支」を地の気とする一方で、天地の間に「九星」、すなわち人の気が存在し、天の気・地の気・人の気すべてが循環することで、生命と大自然とが調和し、森羅万象の調和が生み出されると考えることとなります。


「天地人」の三才観は日本においても様々な文化において体現されています。身近な例では相撲道があげられます。相撲道においては「心・技・体」の調和が重視されていることはみなさんもご存知のことと思います。

”華道”の世界においても、天・地・人の三才観は非常に重視されています。流派などによってその差異はあるでしょうが、「三才型」という花型があり、もっとも基本的な花型なのだそうです。

F1の世界においても某日本人ドライバーが「チーム・ドライバー・タイヤ」の調和の重要性をコメントしている場面をテレビで拝見したことがあります。これも意識・無意識を問わず三才の調和について、その重要性を体感していたと解することができるのかもしれません。