| 干支 |
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干支(かんし)は、一般に、十干(じっかん)および十二支(じゅうにし)を組み合わせた60を一つの周期とする数詞ということができます。古代東洋「殷
- いん( 紀元前17〜前11世紀頃)」代の甲骨文において、すでに日付を記録する際に使用されていたことがわかっています。
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| 十干 |
甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸 |
| 十二支 |
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥 |
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十干や十二支の原義については、どちらも生命の消長する過程を各段階に分けて説明・表現したものと解されています。
十二支については、それぞれに動物が配当されていますが、もともと十二支と動物との関連はありませんでした。
十二支に動物が配当されたのは、1975年に発見された竹簡(ちくかん - 竹で作られた書写用の札)より、戦国時代(紀元前403年〜前221年)と判明していますが、文献上では後漢の「王充
- おうじゅう」(紀元後27年〜100年頃)の著書『論衡(ろんこう)』にて引用されたのが初出とされています。
なお、十干十二支は、古くは「十日十二辰」、「十母十二子」などとと呼ばれていたようです。
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十干や十二支の起源や原義、干支による紀年・紀月・紀日その他に関しては、主として歴史学や考古学の分野であり、これらについては、専門的かつ詳細な解説を施しているWEBサイトもたくさん存在するため、ここでは、それらの詳細に関する説明は割愛し、十干・十二支と陰陽五行思想との結びつきによる、十干・十二支への陰陽五行の配当について説明することにします。
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十干
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十干とは『甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)』の総称をいいます。
十干は陰陽五行思想と結びつくことによって、次第に、それぞれ以下のような性質を有するものと解されていくようになりました。日本において、例えば「甲」を”きのえ”、「乙」を”きのと”と表現するのは、陰陽五行思想に依拠した表現であるということができます。
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五行 |
木 |
火 |
土 |
金 |
水 |
| 十干 |
陽(兄-え) |
甲(きのえ) |
丙(ひのえ) |
戊(つちのえ) |
庚(かのえ) |
壬(みずのえ) |
| 陰(弟-と) |
乙(きのと) |
丁(ひのと) |
己(つちのと) |
辛(かのと) |
癸(みずのと) |
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なお、日本においては「干支」を「えと」と読みますが、上に示したように”え”は陽干を、”と”は陰干を表現する言葉であり、どちらも『干』を示す言葉であるため、本来的には誤りということになります。
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河図と十干
「河図(かと)」については「八卦」の項で詳しく触れることとなりますが、『易経』に登場する「河図」および「洛書(らくしょ)」は、当初から、現在のようにともに図像と解されていたというわけではありませんでした。
宋代に入る頃になると、河図も洛書も共に図像であると解されるようになりましたが、このうちの「河図」は十干における陰陽五行思想を体現した図像ということができるでしょう。
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「河図」において、白点・奇数は「陽」、黒点・偶数は「陰」をあらわします。また、南を上として、東に「3と8」、南に「2と7」、西に「4と9」、北に「1と6」、そして中央に「5と10」が配されています。
この1〜5までの数字(生数)は尚書の洪範篇にある、五行の順序に依拠し、「北を1」、「南を2」、「東を3」、「西を4」、「中央を5」としています。さらに6〜10までの数字(成数)を同じ順序で配当します。
これに十干の五行に基づく方位を勘案すると、これら1〜10の数字およびその方位配当によって、以下のように十干を体現していると解することができます。 |
| 1 - |
壬(みずのえ) |
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6 - |
癸(みずのと) |
| 2 - |
丁(ひのと) |
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7 - |
丙(ひのえ) |
| 3 - |
甲(きのえ) |
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8 - |
乙(きのと) |
| 4 - |
辛(かのと) |
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9 - |
庚(かのえ) |
| 5 - |
戊(つちのえ) |
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10 - |
己(つちのと) |
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つまり、伏羲(ふくぎ、ふっき)画卦のもととなり、天地万物の生成過程を示すとされる「河図」は十干の陰陽五行配当図ということができます。
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十二支
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十二支とは『子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・卯(ぼう)・辰(しん)・巳(し)・午(ご)・未(び)・申(しん)・酉(ゆう)・戌(じゅつ)・亥(がい)』の総称をいいます。
十二支も陰陽五行思想と結びつくことによって、それぞれが陰陽および五行を有することとなりました。ただし、十二支に関しては、五行の配当に際し、四季の変化を、その思想に大きく取り入れたものとなっています。すなわち、四季にはすべて土気が含まれており、「土気がさかんになることで従前の季節が滅せられ、新たなる季節が生み出される(=土旺用事)」という思想を、十二支の五行は包含することとなります。「陰陽」の配当に関しては、十干同様、奇数番目を陽、偶数番目を陰としています。
具体的な十二支の陰陽五行配当は以下のようになります。
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| 十二支 |
五行 |
木 |
土 |
火 |
金 |
土 |
水 |
| 陽支 |
寅(とら) |
辰(たつ) |
午(うま) |
申(さる) |
戌(いぬ) |
子(ね) |
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| 五行 |
木 |
火 |
土 |
金 |
水 |
土 |
| 陰支 |
卯(う) |
巳(み) |
未(ひつじ) |
酉(とり) |
亥(い) |
丑(うし) |
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現在では、土用(土用とは土旺用事の略です)というと、「夏季」の土用のみを指すことが多いですが、もともと土用は四季に配されている概念です。
「土用の入り」まで、春分点を基点とする太陽黄経が定義されてしまっていることには相当な違和感を感じますが、国立天文台における土用の入りも、太陽黄経
27°117°207°297°と4つ定義されています。本義的には立春、立夏、立秋、立冬の前18日間を指す概念です。
なお、十二支への五行配当が「子」からではなく「寅」から行われている理由は、正月の時代的変遷が関わっています。古代東洋における(広義の)周(紀元前1046年頃〜前256年)においては正月を「冬至」を含む月とし、これをもとに干支が配当されていました。太陰太陽暦においても、原則的に1年を12ヶ月と考えるため、12ヶ月に対応する十二支は固定的なものとなります。漢代にはいると正月は「雨水」を含む月に置かれるようになった一方で、干支の配当に関しては、連続性・継続性の観点から、旧代からのものをそのまま引き継いだため、十二支の順序と月の対応との間にズレが生ずるようになりました。
結果として、春を意味する旧暦の正月は「寅月」ということになり、「寅」に春を意味する「木」が配当されることとなりました。
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